タイでデモが起こる理由をわかりやすく説明する。バンコク・デモの最近の情勢。

タイ デモ ステープ・トゥアクスパン元副首相
(写真は反政府運動の指導者であるステープ・トゥアクスパン元副首相)

 

この記事では「タイでデモが起こる理由」を簡潔にまとめると共に、タイへの渡航が近い人などタイの情勢が気になっている人のために、タイのデモに関する最新情報についても詳しくまとめて考察していきたいと思う。

 

タイでデモが起こる理由

タイで反政府デモが起こるのはタクシン・チナワットという人物が首相になったことから始まる。

タクシン・チナワット
(タクシン・チナワット)

 

タクシンは元々シルク販売で有名なチナワット家に生まれ、警察士官学校を首席で卒業、警察官として赴任する。この警察時代にその公務員のコネクションを活かし、政府へコンピューターのリース事業を始め、政府の通信事業の解放時には免許獲得に躍起になり、22件のうちタクシン・チナワット系企業が7件も獲得した。日本で言えば、Yahoo!や携帯事業を獲得したソフトバンクの孫正義氏のような成り上がり方と言える。

その後、選挙に立候補し当選する。大臣や副首相を務めた後に自身で政党を作り、圧倒的な資金力を使い選挙でも勝利する。首相に選ばれてからも自身の私腹を肥やしていくと同時に、政治の世界でも側近をタクシン派で固めたり、軍でもタクシン派の人物に要職に就かせたりした。タイ国内では「タクシン帝国」と言われるような独裁政治に近い状態で国の運営を行っていた。

タイの国民の半数は農民である。タクシンは農民の関心を得るために農民の借金の返済を3年間猶予、全ての村に100万バーツ(約300万円)ずつ配分する村落基金、30バーツで診療してもらえる制度も作ることを約束する。ポピュリズム的(人気取り的な)な要素を盛り込んだタクシンの政策は、貧困層や人口のおよそ6割を占めると言われる農村部を中心に支持されるようになった。タイ全体でも経済は順調に成長を遂げ、東南アジアの優秀国とも呼ばれる豊かな国へと導いた功績もある。

しかし、突如として現れたタクシンの独裁政治により、利権を奪われた元々の支配階級層の人やタクシンの政策により恩恵を受けることが少なかった中間層ではタクシンに対する不満が一気に溜まっていく。その結果、反タクシン運動が始まる。反タクシン運動の高まりの結果、タクシンは下院を解散し、選挙で民衆の判断が下されることになった。現状の反政府運動から下院の解散というこのパターンはこの時(2006年)すでに出来上がっていたのだ。

選挙の結果、貧困層から支持を集め、タクシンの政党であるタイ愛国党は圧倒的な勝利を収めた。しかし、富裕層や支配層が多い首都バンコクの選挙区ではタイ愛国党への投票以上にボイコットを示す白票が投じられ、国王はこの選挙が有効かどうか裁判所が判断すべきと異例の意見を出した。そして、最高裁判所はこの選挙は無効との判決を下す。タクシンは民主主義では国民の支持を得ていれば政権を安定して保てると考えていた。しかし、裁判所をはじめ支配層での支持を広げることが出来なかったツケがこの司法の判断に現れたと言える。

選挙が無効になったことにより、タクシンの暫定政権が続くことになるが、軍内部でもタクシンの身内で要職に就いているタクシン派と反タクシン派の対立が起こった。そして、2006年9月19日、反タクシン派を中心とした軍部は、タクシンがタイに居ない間にクーデターを起こしたのである。タイでクーデターが起きた翌日の2006年9月20日、タクシンは滞在していたニューヨークからロンドンに移動したが、これが事実上の亡命とみられる。2008年11月8日に英国政府がタクシンへのビザの停止を発表、NHKが行ったタクシン本人への電話インタビューでは「現在は所在を転々としている」と明かした。タクシンは確認出来ているだけでも、モンテネグロ、アラブ首長国連邦のドバイ、パプアニューギニア、フィジーと移動を続けている。

 

タクシン無き間の反政府デモ

上記の通り、クーデターによってタクシンは失職、タクシン自身は国外へ亡命するが、それでもタクシン一派は権力を持ち続ける。理由はやはり貧困層を中心として有権者から圧倒的な支持があり、タイでも随一を誇るタクシン一族の資金力によるところが大きい。

ただ、タクシンの次に首相になったサマック・スントラウェート首相(タクシン派)は裁判所の命令により内閣が総辞職に追い込まれ、その次のソムチャーイ・ウォンサワット首相(タクシン派)も憲法裁判所により、選挙違反を表向きの理由にして解党を命じられる。民衆の支持は得られても、司法という支配層は把握できなかったのである。

 

タクシン後の首相として、3人目はアピシット・ウェーチャチーワ氏が首相になった。彼は、ソムチャーイ・ウォンサワットの失職を受けて、下院で行われた首相選出選挙で235票を獲得、198票を獲得したタクシン派のタイ貢献党のプラチャ・プロムノックを破って首相に選出される。彼は下院での首相選出選挙でタクシン派を破った反タクシン派の人物となった。しかし、彼が首相の間はタクシン支持派がデモ活動を行い、反タクシン派がトップについてもタイの混乱は収まらなかった。そして、次の総選挙になると再びタクシン派が勝利を収め、2011年8月、インラック・シナワトラ(タクシンの実の妹)が首相に就くのである。

インラック・シナワトラ
(インラック・シナワトラ首相)

 

ここまでの詳しい解説は タイでデモが起こる理由。タクシン派と反タクシン派の対立も参考に。

 

2013年タイの反政府デモが活発になった理由

インラックが首相に就任してから2年が経つ2013年8月、タクシン元首相を対象に含めた恩赦*法案の審議を始めたことで反タクシン派が再び抗議集会を始める。

*恩赦:行政権(又は議会)により国家の刑罰権の全部又は一部を消滅 若しくは軽減させる制度のこと。

タブーだったタクシンという人物に触れたことで、ここ2年間平穏を保っていたタクシンを軸とする対立に再び火をつけることになったのである。早速法案の反対派(反タクシン派)は、首都バンコク中心部のルンピニ公園で抗議集会を開き、約4000人が集まった。

2013年11月、下院で通過した法案も上院が否決することで廃案となる見通しで、インラック首相もそれを受け入れた。ただ、強行採決により下院で恩赦法案は通過しており、今後のタクシン元首相の帰国が実現性を帯びたことで、法案自体は廃案になったものの抗議デモは活発化していった。ここまでが2013年の流れである。

 

タイのデモ最新情報

では、次に2014年に入ってからのここ最近のデモに関するニュースをまとめて紹介していきたいと思う。

 

1月13日 バンコクシャットダウンの開始

2014年 01月 6日
タイ反政府派がデモ再開、13日に首都封鎖の構え
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL3N0KF0CV20140105

タイ反政府デモ隊、道路封鎖を継続へ-選挙延期協議を拒否
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MZCYMY6TTDTE01.html

いわゆる「バンコクシャットダウン」宣言で、13日に首都を封鎖すると表明、実際に13日からは抗議行動でデモ隊はバンコク中心部のビジネス街などの主要な交差点に計7カ所の集会場を設置。

多数の通勤客で電車やフェリーは混雑した。

主要交差点が封鎖され、いよいよデモがバンコクの経済に影響を及ぼすまでに拡大してしまったことになる。デパートや各種お店も閉店時間を早めるなど、我々外国人観光客にも影響が及び始めている。

このニュースを見た時は、「しばらくタイに行けなくなるかも」と自分も肩を落とした。

 

インラック首相、「辞任」か?

2014年 01月 14日
インラック首相、「辞任」決意するも踏みとどまる タイ紙報道
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140114/asi14011411090002-n1.htm

1月12日、インラック首相は陸軍のプラユット司令官に電話し、反政府派との対立に疲れたとして助言を求めた。司令官は首相が自ら決めることだと要請を拒否し、首相辞任の観測が広がった。

しかし、その後首相は与党タイ貢献党幹部と共にタクシン元首相とインターネット電話で協議。

元首相は職務放棄で刑事責任を問われる恐れがあるとして、辞任しないよう助言したという。

インラック首相がデモの圧力に負けて民主主義を否定しようとしたことは残念である。しかし、外国人の自分としてはタイの政治が安定している事を一番に望んでいる。インラック首相が辞任することでバンコクシャットダウンが解除されるのであればやむを得ないと思った。

結局は兄の助言によりその思いを踏みとどまったようだが、クーデターを匂わせる軍と周りに支えがない状況で、インラック首相は精神的にもかなり追い詰められてる様に思える。

 

1月21日 バンコク非常事態宣言を発令

2014年 01月 22日
バンコクに60日間の非常事態宣言、抗議デモ激化で
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MZR5876S972W01.html

タイのインラック首相は21日、首都バンコクなどに非常事態宣言を発令した。

タイで非常事態宣言が発令されたのは、ステープ元副首相の民主党が政権を担っていた2010年以来。

非常事態宣言の期間は22日から60日間。

非常事態宣言により、インラック首相は治安維持のために外出や集会の禁止、報道や出版規制、交通制限、関係者の拘束といった強権を発動できる。1月31日現在、どのような強権を発動するかは未定で、これからの発表になる。

 

バンコクの世論はクーデター反対

2014年 01月 24日
クーデター反対が5割超=タイ世論調査
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201401/2014012400926

反タクシン元首相派による反政府デモが続く中、暴力がエスカレートしてさらに死傷者が出た場合、国軍によるクーデターを支持するか尋ねたところ、反対が56%で賛成の21.6%を大きく上回った。

また、総選挙について予定通り2月2日に投票を行うべきかどうかの問いでは、51.5%が「実施すべきだ」と回答。

ステープ元副首相ら反タクシン派が唱える「選挙の前に改革を行うべきだ」は28.1%、「延期すべきだ」は20.4%だった。

軍によるクーデターはもちろん選挙の延期も世論の理解を得られていないことがわかった。国民の支持を得られないクーデターを軍が行うとは思えないため、その可能性がかなり低くなったと言える。

元々世論はタクシン派になびいているが、日常活動への支障から、バンコクでも反政府デモへの反感が強まっており、クーデターを期待したステープ元副首相は難しい局面に立たされている。

 

タイの総選挙2月2日予定通り実施へ

2014年 01月 28日
タイ総選挙、予定通り来月2日に実施へ
http://www.news24.jp/articles/2014/01/28/10244711.html

協議は28日午後、インラック首相と選挙管理委員会の間で行われたが、政府側は、来月2日に予定通り選挙を実施すると発表した。

辞任はもちろん、延期もしないことを決定。2月2日の選挙は大きな混乱が生じ死傷者も出ることが予想されるが、インラック首相は腹をくくったように思える。

背景にはバンコク封鎖が長期化すれば経済への影響から市民の反政府デモへの反感がさらに強まり、デモ隊の内部崩壊も起こりえるからだろう。

追い詰められつつあるステープ元副首相率いる反政府デモ隊。

 

反政府デモ隊2月2日にバンコク完全閉鎖宣言

2014年 01月 31日
「バンコク完全閉鎖」タイ総選挙で大規模行動へ
http://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000020603.html

来月2日に迫るタイの総選挙を巡り、反政府派は「バンコク完全閉鎖」と称して大規模な妨害行動を予定していることを明らかにしました。

デモ隊を主導するステープ元副首相は、「バンコクのすべての道でデモ行進し、道路を車で覆い尽くす」と述べ、選挙当日に大規模な妨害行動に出る方針を明らかにしました。

バンコク封鎖からバンコク「完全」閉鎖へ。2月2日の選挙に向けて大きな局面に入ったと言える。

近々タイへの渡航を考えている人は2月2日の状況が重要な判断材料になるだろう。

 

付利意雷布亜の意見書

デモの収束方法を考えた時、タクシン元首相の存在と国民の精神的支柱でもある国王の存在が重要なポイントになると思っている。国王自身はタクシンの権威主義を嫌っているが、明確な意思表明はしておらず、国民間のタクシンを軸とする対立を見て見ぬふりをせざるを得ない。せめて、経済活動に支障が出ないようにクーデターやデモの中止を暗に示すお言葉を付け加えてほしいと思う。

しかし、そうなると、デモを始めとした暴力に頼るしか無い反タクシン派に不利に働き、選挙に強いタクシン派に有利に働くのは目に見えている。従って、あまり国王には期待できないかもしれない。

 

タクシンについて言えば、やはり、国の政策で自身の関連企業へ利益をもたらすような政治は反感を受けやすいのは当たり前だろう。政治で己の利益を追求しすぎたように思える。首相になってある程度の名声は得られたわけだし、こうなったら代わりに自身の富を手放す覚悟を示したらいかがだろうか?例えば、自身のシン・コーポレーション・グループ関連企業を一部でも無償で国有化し、その後売却するという手法だ。これにより、国には莫大な資金が入るし、これで国民のためになるような政策を打てばタクシンへの評価も大きく代わるはず。支配層だけでなく、バンコク市民に嫌われている点は非常に痛いため、この資金をバンコクのために使うというのもありだろう。

いずれにせよ、少数派で暴力に訴えるしか無い反タクシン派ではなく、権力に近い立場にいるタクシン側が譲歩しない限りは、この対立は一向に無くならないと思える。

 

最新情報

2014年5月22日におけるタイのクーデターに関しては下記記事を参考に。

タイでクーデターが起こった理由と経緯をわかりやすく説明する。
Royal Thai Army soldiers in Silom, Bangkok 2014年5月22日夕方、タイで陸軍によるクーデターが起こった。 クーデターを起こしたタイ陸軍司令官・プラユット司令官(現タイ首相...

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